スタートアップ経営管理の覚書

スタートアップの管理部門で働く公認会計士のブログ

スタートアップにおける管理部門の役割

軽視されがちな管理部門

スタートアップにおいては経営資源(ヒト・モノ・カネ)の制約が大きいため、本業ビジネスの開発・成長に集中的にリソースが投下されることになる。管理部門は、雑用部門のようにみなされて軽視されがちであり、とりわけ会社の立ち上げ段階においてはフルタイムのメンバーを配置されないことも多い。

 

でも実際にスタートアップを経営してみると、経営環境の変化スピードが速いスタートアップだからこそ、管理部門の良し悪しが事業の進捗に大きく影響することがわかる。管理部門は会社の背骨にあたる部分であり、ここが貧弱だと激しい運動をしたときに体が歪んだり、ひどい場合には致命傷を負ったりするものだ。

 

とはいえ、乏しい経営資源を管理業務ばかりに割いているわけにはいかないので、管理部門が注力する領域を絞り込む必要がある。立ち上げたばかりのスタートアップにおいて管理部が担う重要な業務は以下の3つだ。

 

入出金管理

お金の流れは血液の流れと同じで、止まったら死ぬ。なので、滞りなく入出金のオペレーションを回すことが、まずは最優先の業務となる。B2Cのビジネス、あるいはB2Bであっても少額多数の取引をするタイプのビジネスでは、入金管理だけでも膨大な時間と手間がかかる。未入金の相手先を適時に特定し、入金督促等の次のステップに進むための手順を標準化しておく。

 

入金管理のエラーは自社の資金繰りに影響を与えるのみだが、支払漏れは取引先への信用問題になるため、入金管理以上に徹底する必要がある。知人の会社で、担当者の不注意で月末の支払が滞り、社長が丸一日かけてすべての相手先に謝罪の挨拶をしたという笑えない話がある。定期的な支払が漏れるリスクは低いだろうけれど、スポットの取引は漏れやすい。昔は請求書が紙で届いて振り込むというシンプルなフローだったが、今はメールで届いたり、共有のクラウドフォルダにアップされたりと、取引先からの請求方法が多様化しているぶん、網羅性の確保が難しくなっているので、社内で一元管理する仕組が必要だ。

 

資金繰予測

上記は日々のオペレーションだが、これは未来予測。会社が倒産するのは資金が枯渇した時である。営業キャッシュがすぐに立ち上がらないタイプのビジネスを行うスタートアップにとって、資金ショートのタイミングを見極めるのは極めて重要な業務となる。

 

株式による調達をするにしても、銀行借入にしても、準備にそれなりの時間を要する。調達の三ヶ月から半年前には、準備を始めるくらいの余裕が必要だ。貧すれば鈍するとはよく言ったもので、資金ショートぎりぎりで調達に飛びつくと、だいたいはひどい条件になる。特に株式による調達を考えている場合、初期の資本政策の失敗がのちのちの命取りになることもあるため、条件交渉に時間をかけるためにも、早めの動き出しが重要だ。

 

予測といっても、そこまで精緻に行う必要はない。売上を度外視した場合に、事業の拡大スピードを鑑みて手元資金があとどれだけ続くかを考えるだけで十分だ。ハードウェアを作るタイプのスタートアップでなければ、ほとんどが人件費とオフィス賃料が支出の大半を占めるはずだ。プロモーションを行なっている場合には、それも加味して、余命期間を見定める。

 

月次決算の早期化

 

短期間で月次決算を組む重要性を認識しているスタートアップは、まだまだ少ないように感じるが、経営者が意思決定を適時適切に実行するためには、判断材料がないことには始まらない。5営業日から10営業日で前月の数字が締まっていることが目標となる。

 

これも、1円まで精緻に合わせにいく必要はなく、現預金の一致が確認でき、重要なカットオフエラーがない状態であれば精度としては十分といえる。

 

経理を外部の会計事務所や経理アウトソーシング会社に完全に依存している場合、これが難しくなる。この「スタートアップ経営者が意思決定に求めるスピード感と精度のバランス」の肌感覚を外部業者と共有するのが難しい。会計事務所や外部業者は、往々にしてスピード感よりも正確性を重視する。特に会計事務所は、意思決定のための会計数値ではなく、税務申告のための税法に準拠した処理にこだわることが多いため、ディスコミュニケーションが生じやすい。

 

経理業務のすべてを内製化するのはリソースの観点から非現実的であるため、付加価値の低い単純作業をアウトソーシングして、経営に重要な月次決算作業と経営層への報告資料の作成を社内で担う、といった分担が有効であるといえる。

 

おわりに

 

規模の小さいスタートアップにおいて、上記業務にフォーカスすれば、管理部門はそれなりに経験あるメンバーひとりで足りる。一方、ひとりも専任メンバーがいない、という状況は厳しい。経理をはじめ、管理面は外部の専門家に任せているから大丈夫、という経営者もいるが、長期的には成長スピードを遅らせる要因になると思われるので、早い段階でのコア業務の内製化が重要といえる。