スタートアップ経営管理の覚書

スタートアップの管理部門で働く公認会計士のブログ

スタートアップでプロフェッショナル・ファームの経験は役にたつか

最近、というか、数年前から、大手監査法人やコンサルティング・ファームなど、いわゆるプロフェッショナル・ファームからスタートアップ/ベンチャーに転職したいんだけど、どう思う? という相談を受ける。

ぼくの場合は、大手監査法人から転職ではなく、創業メンバーとして起業というかたちなので、彼ら彼女らの問題意識とは微妙に食い違う部分もあるのだけれど(主にリスクとリターンの関係だが、それはまた別の話だ)、プロフェッショナル・ファームでの経験がスタートアップで役立つかどうか、という点については実体験を伴って答えることができる。

役立つこと、苦手なことを列挙したけれど、以下はあくまで、一般論的に通じる話ではなく、ケース・スタディとして読んでください。

役立つこと

タフネスさ

もっとも役立つと言えるのが、プロフェッショナル・ファームで培われるタフネスさである。

これは体力的な側面ももちろんそうなのだけれど、精神的なタフネスさのほうが大事だ。

プロフェッショナル・ファームにおいては、異常に短納期なのに高品質なアウトプットを求められたり、72時間戦えますかみたいな、労基ってなに、食えるのみたいな対応が必要だったりする。

ジュニア時代からそういう環境で仕事をして、すぐにドロップアウトせずに、シニアやマネジャークラスまで生き抜くと、相当なタフネスさが身についているはずである。

労働時間そのものはスタートアップよりプロフェッショナル・ファームのほうが長いケースはままあるだろうけれど、精神的な負荷はスタートアップのほうが大きいのではないだろうか。

なんといっても、明日この会社が存在しているかわからない、というプレッシャーは、なかなか味わえるものではない。

そういう環境を楽しめることが、なにより大事だ。

多くの「型」に対する知見

プロフェッショナル・ファームでは、多くのクライアントに接する。

それも、外部には公表されることのない、機密情報に触れることができる。

0から会社を立ち上げるにあたって、数々の事例に触れて「型」を知っていることは、有利に働くはずだ。 囲碁や将棋でいう定石・定跡を知っている、ということに等しい。

もっとも、カタログ的に「あれもこれも知ってます」というのはあまり役立つわけではない。そうではなくて、たくさんの事例から抽象化した「勝ち筋」をわかる、というのが重要だ。

勝ち筋というと語弊があって、「これをやったら勝てる」ではなく、「これをやったら負ける」ことを回避する、ということである。「勝ち筋」ではなく、「負け筋」をわかる。

スタートアップの立ち上げにおいては、創業メンバーの選び方、ビジネスモデル、資本政策、オレペレーションと様々な領域でこれをやったら即死という一手詰みの悪手がある。

これを回避できる知見があるのは、役に立つ。

ドキュメント作成能力

これ、あまり言及されるのを聞いたことがないような気がするのだけれど、ドキュメント(文章や図表、プレゼン資料など形式問わずペーパーもの)を作成する能力が高いことは、スタートアップでけっこう役に立つ。

各種法定書類から、事業計画、各種契約書、規定類、内部向けのマニュアル、議事録など、作らなければいけないドキュメントは大量にある。

えー、今時紙資料なんて作るの? と突っ込まれそうだけれど、印刷するかどうかは別にして、文字で表現する媒体というのは大量にあるものである。

メンバーから、「ちょっと経費の精算の申請書ってないんだけど、どうすればいいの?」とか聞かれた時、「いっけねー忘れてた」といって、10分でフォーマットを整えた書類を作れるか。

ドキュメント作成が仕事です、みたいなプロフェッショナル・ファームの人間には、この手の作業は手慣れたものである。

苦手なこと

細かい雑務あれこれ

スタートアップの役員です、と偉そうに言ってみても、実際の仕事のほとんどは雑務だったりする。

総務的なスタッフを雇い入れる余裕がないうちは、自分でぜんぶこなすしかない。

一方で、プロフェッショナル・ファームでは、生産性が低いとされる雑務は秘書やバックオフィス部門に投げられていることが多く、自分の手を動かすケースは少ない。

ぜんぶ自分でやるのは嫌だ、と感じると、スタートアップでは居心地が悪いかもしれない。

多様なメンバーとの協働

プロフェッショナル・ファームでは、構成されるメンバーがおおむね均一の能力やバッググラウンドを持っている。出身大学も、似たり寄ったりである。

なので、仕事におけるコミュニケーション・コストが非常に低い。

一方でスタートアップにおいては、実に多様なメンバーと仕事を進めることになる。

ここで、プロフェッショナル・ファーム感覚のコミュニケーションの仕方で進めると、たいてい痛い目に合う。

コミュニケーションとは、実に多大な努力を要するものだということを忘れてはいけない。

ルールがない仕事の進め方

プロフェッショナル・ファームにおいては、品質担保のために、仕事の手順から成果物のフォーマットまで、きっちり定義されている。

その標準化されたルールの中で、いかに最短距離で最高品質の成果を出すかという競争である。ボクシングのようなものだ。

一方、スタートアップにおいては、そのルールを自分たちで作って行く必要がある。路上の喧嘩のようなものだ。

決められた、きちんと整備されたコースで華麗に運転できるドライバーが、道無き道をゆく悪路でうまく車を運転できるとは限らない。

スタートアップに転じた初期段階で、うまく後者にシフトできればよいのだけれど、それがうまくいかないと苦労することになる。

おわりに

スタートアップで失敗しても、古巣に出戻りすればいいじゃん、くらいの感覚で、肩の力抜いて転職してみたらどうでしょう?