スタートアップ経営管理の覚書

スタートアップの管理部門で働く公認会計士のブログ

昨今のIPO監査契約の厳しさと、受注のために会社がすべきこと

一年ほど前から話は聞いていたけれど、IPO(株式公開)のための監査法人の監査が、非常に厳しくなっている。

すでに監査法人と契約している会社への監査の厳しさも増しているが、それ以上に大変なのは、これから監査法人との契約を考えているベンチャーである。

大手監査法人を中心に、新規契約の受注拒否、すなわち門前払いしているようだ。

大手監査法人の状況

ここ数年続いているIPO銘柄の粉飾、それに加えての老舗企業の大型粉飾により、監査法人の監査手続への要求水準が高まっているようだ。

監査の工数が大幅に増加する一方で、労務管理が厳しくなって以前に比べて残業規制が強くなり、既存クライアントの監査で手一杯という状況にある。

監査失敗により大型クライアントをロストするわけにはいかないので、必然的に大口顧客を中心に人がアサインされており、新規の受注、特に、監査リスクの高い(要するに、管理体制のレベルが低い)IPO案件には慎重になっている。

慎重、というか、むしろ既存の契約ですら、危ないところは積極的に契約解除している模様である。

突然、大手監査法人から契約を切られて困っている、という話をよく聞くようになった。

中堅監査法人の状況

では、準大手や中堅の状況はどうかといえば、そもそも抱えている公認会計士の絶対数が少ないため、リソースが常に不足している状況といえる。

大手同様に、既存クライアントを守るのに手一杯である。

大手に比較して、IPO案件に対して前向きという話も聞くが、特に他社と決算期がかさなりやすい3月決算や12月決算の会社を受け入れる余地はない模様。

中小監査法人や個人事務所の状況

このように大手、中堅が軒並み受注を見送っていることにより、中小法人や個人事務所は受注意欲が旺盛な状況といえる。

しかしながら、昨今の公認会計士協会によるレビュー(業界団体による自主点検)や金融庁の検査が厳しくなり、「中小いじめ」とでも呼べるほど中小法人への検査が厳しくなり、指摘事項をもらっているところが多い。要するに、ダメ出しされるわけであるが、そうすると、上場事務を担当する主幹事証券会社が嫌がることになる。

そんなわけで、大手、中堅、中小といずれもIPO監査を受注しづらい状況にあり、多くのベンチャーがIPO監査難民となっている。

オリンピックイヤーまでにIPOを目指す会社が多く、証券会社も積極的に動いているのに、監査法人だけが渋っているわけだ。

監査受注のためにすべきこと

ではこのような状況下で、IPOを目指すベンチャーはどのように準備すべきか。以下、監査法人関係者からヒアリングした情報に私見を加えて考える。

ガバナンスと内部管理体制の強化

ことの発端が粉飾による監査厳格化の流れにあるわけで、最優先事項はガバナンスと内部管理体制の強化である。

従来であれば上場の1年前に対応していれば問題視されなかったようなことが、前倒しでの準備が求められるようになっている。

上場準備の早い段階で、社外取締役や社外監査役を見つけ、月次で取締役会を定期開催すること、形式だけではなく、実態を伴った議論をし、きちんと議事録を残してガバナンスが効いていることを示せるようにしておく。

内部管理体制でいえば、経理と財務の職務分掌など基本的なFCRP(決算財務プロセス)の整備・運用に加えて、販売・購買・人事といった主要な業務プロセスについては、最低限のコントロールを置いて不正を防止・発見できる状態にしておく必要がある。

また労務管理は非常に厳しく指摘され、労基署レベルの細かいチェックが入ることも多いようだ。未払残業が発生しないように、徹底した労務管理が求められる。

合理的な事業計画の策定

次に問われるのが、成長性について合理的な説明ができるかどうか、という点だ。

ここは監査法人によって重み付けが異なるのかもしれないが、最近話を聞いた複数の大手法人関係者は、かなり重視していると言っていた。

数年前に頻発した、いわゆる「上場ゴール」を毛嫌いしていることに加えて、固定資産の減損や繰延税金資産の評価といった、経営者の見積項目への監査手続が厳格化されていることによるものと思われる。

漠然とした、定性的な未来図だけではなく、定量的に説明可能な事業計画の策定が要求される。

ふだんからきちんとKPIを意識した経営を行っていれば問題ないと思われるが、とりあえず風呂敷を広げるタイプの経営者は注意をした方がよい。

決算期変更

最後はややテクニカルだが、決算期変更をするのも手で、実際にこれをアドバイスする証券会社もあるようだ。

日本では多くの会社が3月もしくは12月決算で、監査法人の監査の時期が集中する。

監査法人の繁忙期を避けることで、受注の可能性が上がる。たとえば7月決算は比較的受け入れられやすいのではないか。

もちろんこれは、上記2つをクリアした上でのことであるが、他の条件が同一であるならば、閑散期に監査できる会社の方が受注の可能性は高まる。

おわりに

IPO監査の厳しさについて雑感をまとめてみた。それにしても、監査法人はどこを向いて仕事しているのだろうか?